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 【O・M(40代後半男性)の声】 顔を上げて(2019年5月) 

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1.自分が育った環境
私は、家族4人の家庭で育った。父・母・兄・そして自分という環境だった。兄とは実は双子で自分とは性格は似ていない。だが、小学校時代学校で同級生から双子ということでからかわれたりしていてクラスも違っていた。勉強面でも集中力がないことがあった。授業中いろいろなことを考えてしまうことが多かった。そのため先生の話がいまいち聞けていなかった。そんな感じの学校生活を送っていた。家に帰ってもあまり勉強をしないで夕食までよくTVを見ていた。中学生になり塾に通い始めたがあまり集中できなかった。だから成績はあまりよくなかった。高校に上がってからもだいたい同じような状態だった。高校の進路指導でもあまり自分が期待するような結果は出なかった。一応専門学校に進学したが自分の学びたいものではなく授業は退屈だった。だから1年で中退してしまった。その後公務員専門学校に進んだが採用試験の面接で不合格になってしまった。そして2年ほどアルバイトをしていた。そして父が建設業の会社をやっていたので父からの勧めで入社して働くことになった。20代半ば〜30代前半まで現場に行って仕事をしていた。だが現場の人間関係はきつかった。その後父の闘病生活が始まったので仕事を辞めることになった。父の病気をきっかけに送迎・手術の付き添い・看病など3人が団結して介護が出来たことはいい経験になった。父の闘病生活は12年程続き3年前に亡くなった。

2.父が亡くなった後3年の間の変化について
私は、父が長い闘病生活で苦しい日々を過ごしているのを間近で見ていて健康に対してものすごく関心を持つようになった。今、週に2回ジョギングを15年間やっている。きっかけは父の病気の事が頭にあったからだ。また自分が独身であるということに危機感が常にあったからだ。父がいなくなってから母に対しても自分たちがしっかりと支えていかなければいけないのだと考えるようになった。だから残された家族3人でこれからも前を向いて父の残した家を守り生きていこうと思っています。

3.若者就労支援プロジェクトに参加した後の自分の変化について
私は、母に勧められて天神のあすみんで若者プロジェクトをやっていた鳥巣さんに会いました。そこでいろいろな人の話を聞いて自分の視野の狭さに気付きました。その後コーチの所に面談に行き自分の姿を考えるようになりました。これまで生きてきた自分の人生というのは「何かあると逃げの姿勢」でやっていたような思いがしました。私はまず自分が出来る事から始めようと考えました。家では他の家族より率先して家事などを自分なりにこなそうと思いました。外に出たらいろいろな所に行き普段気が付かないような事にも関心を持つようにしました。それがこれからの自分の仕事を選んでいくということにつながっていけばいいと思いました。これからは自分の気持ちに対してもっと厳しく付き合っていかなければならないと思いました。
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